村上華岳 むらかみ かがく【生年】1888~1939
祖母・池上雪江は、日本最初の孤児院としての修徳院を創設する。
実父・誠三は医者または学者といわれるが、困窮な幼児期を送った。父逝去、母と生別の後、神戸の界隈の素封家・村上五兵衛の養子となる。
喘息の持病のため京都画壇を離 れての清浄な生活の中で、六甲の山々や、諸仏を厳しい線と抑制された色彩で描くという、精神性の高い独自の画境を開いた。
屈折した幼児期を過ごし、早熟にして病弱な体に、神戸・大阪・京都の微妙に違った文化風土の影響を受け、人物、風景、仏画などに甘美を老成、繊細と豊饒の交錯する作風を残す。特にその神秘を極めた線の追求から「線の行者」と称された。